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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)732号 判決 1998年12月21日

原告

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

渡辺和恵

財前昌和

被告

佐川急便株式会社

(以下「被告会社」という。)

右代表者代表取締役

栗和田榮一

右訴訟代理人弁護士

田原睦夫

服部敬

被告

乙川一郎(以下「被告乙川」という。)

右訴訟代理人弁護士

脊戸孝三

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、一一〇万円及びこれに対する平成九年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の一を被告会社の、四分の一を被告乙川の各負担とし、被告会社に生じた費用の五分の四及び被告乙川に生じた費用の二分の一を原告の負担とし、その余は各自の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告に対し、連帯して、二二〇万円及びこれに対する平成九年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  被告会社は、原告に対し、四五万八六一五円及びこれに対する平成一〇年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三  被告会社は、原告に対し、平成一〇年一月以降毎月末日限り二三万円の支払をせよ。

第二  事案の概要

本件は、被告会社の従業員である原告が、被告会社主催の懇親会においてその上司である被告乙川からわいせつ行為をされたとして、被告乙川に対し、不法行為に基づく損害賠償として、慰藉料及び弁護士費用の支払を求め、被告会社に対し、右わいせつ行為は被告会社の事業の執行につき行われたものであるとして、民法七一五条に基づき同額の損害賠償を求めるとともに、原告は、被告会社の責に帰すべき事由により出勤できない状態に至ったとして、過去及び将来分の未払賃金の請求をした事案である。

一  争いのない事実

1  被告会社は、貨物運送事業等を目的とし、京都市に本社を置き、全国約一五か所に支店を設置する、いわゆる大手運送会社であり、被告乙川は、被告会社大阪支店営業第二課にドライバーとして勤務する者である。

2  原告は、平成九年九月一日、被告会社に第一期オフィスコミュニケーターとして雇用された。

オフィスコミュニケーターとは、男性ドライバーとともにチームを組んで、徒歩で大阪市内のオフィス街にあるオフィスビルを回り、軽荷物、書類、貴重品を集配する業務であり、原告を含め八名の女性(坂本浩美、漢那美雪、山田梨枝子、平山利佳、石原有華、大西公子、福丸清美)が第一期生として雇用された(以下、いずれも氏で略称する。)。

原告は、右採用当初、大阪支店営業二課南本町班に配属され、平成九年九月二五日から、大阪市中央区内の伊藤忠ビル地下に所在する被告会社事務所において、オフィスコミュニケーターの制服を着用しながら、集配された荷物の送状の送り先をみて料金を確認する事務作業に従事している。

3  被告乙川は、平成九年一〇月四日(土曜日)午後八時三〇分ないし午後九時過ぎころより、原告、男性ドライバー七名(新堂正和、村尾秀行、瀬本邦博、塩谷純司、菊池賢治、鈴木正憲、辻和彦。以下、いずれも氏で略称する。)、アルバイト一名(稲崎守雄)、オフィスコミュニケーター三名(坂本、漢那、大西)ともに、大阪市天王寺区阿倍野筋所在の居酒屋「いろはにほへと」において飲み会を主催し、同日午後一〇時四〇分ないし午後一一時一五分過ぎころより、翌午前三時ころまで、右居酒屋から五〇メートルほど離れたカラオケルーム「サウンドソニック」(大阪市阿倍野区<番地略>)において、二次会を開催した。右二次会には、大西公子を除く一二名が参加した。原告は、翌午前〇時一五分ないし同三〇分ころ、二次会途中で帰宅した(以下、一次会と二次会をあわせて「本件飲み会」という。)。

4  原告は、平成九年一〇月六日(月曜日)、伊藤忠ビルに出勤したが、翌日からは出勤していない。

原告の夫である藤田和彦(以下「和彦」という。)は、平成九年一〇月六日夜に原告から話を聞き、翌七日、被告会社大阪支店に、電話で、原告が同月四日に被告乙川からわいせつ行為を受けた旨の苦情を申し立てた。被告会社大阪支店営業二課長野瀬啓三(以下「野瀬」という。)は、右電話があったことを聞き、同日午後九時ころ、被告乙川を連れて、原告宅を訪問し、和彦、原告の父母に対し、「ご迷惑をかけたようで誠に申し訳ありません。」などと述べて、話し合いで解決したい旨を申し出た。

5  その後、原告は、平成九年一〇月二七日、被告らに対し、二〇〇万円の慰謝料の支払、謝罪並びに本件の概要及び被告乙川が謝罪したことを記載し、かつ、今後このようなことのないように指示する文書を全ての従業員に配布することを求めたが、被告会社において、被告乙川にわいせつ行為の有無を確認できなかった旨回答したことから、本件訴えの提起に至った。

二  争点

1  被告乙川の原告に対するわいせつ行為の有無

2  被告乙川が右わいせつ行為をしたとした場合、右わいせつ行為は、被告会社の事業の執行につきされたものであるか否か(民法七一五条参照)。

3  原告が被告会社に出勤しないのは、被告会社の責に帰すべき理由によるのか否か。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1について

1  原告

被告乙川は、二次会の開催されたカラオケボックスにおいて、原告に対し、約一時間に渡り、次のようなわいせつ行為を行った。

(一) 無理にソファーの横に座らせ、体を押しつけて、原告が手で顔を隠したところ、手の甲にキスをした。

(二) 突然原告の顔にキスをした。

(三) 他の女性に対するスカートめくりをし、これを原告が止めると、原告のスカートをめくった。

(四) 坂本浩美のワンピースの胸のボタンをはずしたので、原告がこれを注意したところ、原告のブラウスの上のボタンをはずした。

(五) 突然原告に抱きつき、これを原告がいやがると、他のドライバーに押しつけた。

(六) 原告の胸をつかんだので、原告が手を払いのけると、ジャケットの背中をめくった。

2  被告乙川

原告は、二次会のカラオケボックス内では、当初被告乙川の向かいに一人で座っていたため、被告乙川が、気を遣って自分の横に来るように勧めたところ、原告が被告乙川の横に来た。被告乙川は、原告を意識せずに他の人と話していたし、原告も楽しそうに騒いでおり、わいせつ行為などはしなかった。

3  被告会社

原告が主張する被告乙川のわいせつ行為については、全て否認する。

二  争点2について

1  原告

(一) 原告は、平成九年一〇月四日当時、営業二課南本町班に所属し、被告乙川がその上司であったところ、被告乙川は、原告に対し、平成九年一〇月三日、大西を通じて、被告会社が企画する新入女子社員を対象とする歓迎会であると称して、これに参加するように連絡した。原告も、これが職務の延長であると考えて、これに参加した。

(二) 原告は、一次会終了後に帰宅しようと駅に向かって歩いていたが、被告乙川は、原告に対し、「帰らんとカラオケに行こう。」と言ってひき止めた。原告は、被告乙川に対し、「遅いから帰ります。」と断ったが、被告乙川は、「頼むわ。カラオケに行こう。」と手を合わせて頼むため、やむなく「少しだけなら」と二次会に参加することとした。

なお、被告会社は、原告が二次会会場を探してきたと主張するが、最初に入ったカラオケボックスが混んでいたため、やむを得ず、原告は、村尾から聞かれて、通勤途中に見かけた新しくできたカラオケボックスの位置を説明したことがあるにすぎない。ただ、このカラオケボックスも満室で利用できず、結局村尾が見つけたカラオケボックス「サウンドソニック」を利用することとなった。

(三) 被告乙川は、原告に対し、「命令だ。」と叫んで無理に被告乙川の横のソファーに座らせるなどし、上司として部下に注意するという仕事の話と絡めながら、本件わいせつ行為を行った。

(四) 被告会社が、男性ドライバーとオフィスコミュニケーターとの私的な飲み会を禁止するなどした事実はない。

(五) 以上によれば、被告乙川の一連の行為は、被告会社の事業の執行と密接に関連しており、被告会社の事業の執行につきなされたものというべきである。

2  被告会社

(一) 原告は、平成九年九月二五日、営業一課伊藤忠BSC班に配置転換され、事務職に従事していたものである。したがって、それ以後、被告乙川は原告の直接の上司ではない。

(二) 被告乙川が、平成九年一〇月四日、飲み会を開催したことは認めるが、あくまで私的な飲み会であって、被告会社とは一切関係がない。

(1) 被告会社は、本件飲み会の開催を一切知らされておらず、費用の負担もしなかった。

(2) 被告会社では、男性ドライバーとオフィスコミュニケーターとの飲み会を厳禁し、その旨周知徹底していた。また、被告乙川は、本件飲み会の開催に当たり、出席者に対し、「会社には内緒にしておいてくれ。」と発言した。

(3) 原告は、漢那から、単に参加者が少なかったので、私的な親交をもとに、本件飲み会に誘われたにすぎない。

(4) 本件飲み会が開催された平成九年一〇月四日は土曜日であり、原告、オフィスコミュニケーターとも、出勤日ではなかった。

(5) 原告は、周囲の心配をよそに、二次会のカラオケボックスを自ら見つけてきて、二次会に積極的に参加したものである。被告乙川は、原告を二次会に参加するよう誘ったことはなく、二次会で仕事の話に絡めて原告にわいせつ行為をしたこともなかった。

(三) 以上によれば、本件飲み会は参加者の意思により私的に開催されたもので、被告会社の事業の執行とは何ら関連性がなく、原告もこのことを認識していたというべきであるから、被告乙川の行為は、被告会社の事業の執行につきなされたものではない。

三  争点3について

1  原告

(一) 使用者は、労働契約の付随義務として、労働者が労務に服する過程で生命、健康、人格権を害しないよう職場環境に配慮する義務があるところ、いわゆるセクシャルハラスメントについては、一般防止対策、未然防止対策に加え、事後の迅速・適切な対応が必要とされるものである。

しかるに、被告会社は、相談、苦情処理体制をとっておらず、迅速な事実確認等初期段階での適切な対応も採らず、原告が弁護士を立てた後は、被告乙川及び他の従業員に対して口止め工作を行った。

(二) また、原告の就業場所は、伊藤忠ビル地下の一室であり、ほとんど被告会社従業員がおらず、その一方で所属不明の男性が出入りし、仮に被告乙川が入室してきても助けを呼ぶこともできない。

(三) そこで、原告が被告会社に出勤できないのは、被告会社の責に帰すべき理由によるというべきである。

2  被告会社

(一) 原告の現在の就業場所である伊藤忠ビル地下の被告会社の事務所では、原告以外に二名の女性事務員が勤務している。同所では、集配荷物の受付業務が行われるため、顧客が出荷荷物を持込んだり、日に数回男性ドライバーが集荷に訪れるが、被告乙川が同所を訪れることはない。

(二) 被告会社は、オフィスコミュニケーター(女性)採用に当たり、男性ドライバーとの私的な飲み会を禁止する旨周知徹底し、採用後も、朝礼時等に度々行っている。また、被告会社は、特にセクハラ対策と限定したものではないが、総務に「何でも相談室」として電話相談窓口を設置しており、従業員からの相談に応じている。

(三) 被告会社は、本件事件について口止め工作をしたことはない。

第四  争点に対する判断

一  争点1について

1  甲第一一ないし第四三号証、乙第五ないし第七、第一六及び第一七号証(右乙号各証については、後に援用しない部分を除く。)、原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、同僚の大西から、平成九年一〇月三日夜、被告乙川が翌四日に原告らオフィス・コミュニケーターを対象として歓迎会をするので参加者を募っている旨連絡を受けたので、右飲み会に参加することとした。

原告は、午後八時三〇分ころ、待ち合わせ場所の近鉄阿部野橋駅前に赴き、瀬本らと落ち合って、一次会会場の居酒屋「いろはにほへと」に向かい、遅れてきた他の参加者とともに席が空くのを待ち、午後九時ないし午後九時三〇分ころに入店し、午後一〇時三〇分ころまで一次会に参加した。

(二) 原告は、右居酒屋を出た後、二次会に参加せずにそのまま大西と帰宅しようと考え、二人で阿倍野筋を北に歩き始めたところ、大阪市天王寺区<番地略>所在阿倍野共同ビル前付近で、被告乙川に「帰らんとカラオケに行こう。」と呼び止められ、いったんは断ったが、再度「頼むわ。カラオケに行こう。」と手を合わせて懇願されたので、やむなく参加することとし、いったん一次会会場前に戻った。

原告らは、被告乙川の発案により、同区阿倍野筋一丁目所在大和銀行横にある「カラオケハッピーボイス」に行ったが、満員であったので、原告が通勤途上に見かけた新しいカラオケボックスを提案したところ、村尾がこれを探しに行った。しかし、同人がなかなか戻ってこないので、原告は、大西とともに帰宅することとし、近鉄阿倍野駅の改札まで向かったが、大西を見送ったところで漢那に呼び止められ、原告が帰宅したら女性が自分一人になるのでカラオケに行こうと誘われたので、村尾が見つけたカラオケボックス「サウンドソニック」に、午後一一時一五分過ぎに入店した。

(三) 原告は、右カラオケボックスの部屋に入室後、漢那の横に着席しようとしたが、ちょうど対面にいた被告乙川から「命令だ。」と自分の横に着席するように命令されたので、被告乙川の右横に着席した。その後原告が菊地や瀬本と歓談していたところ、突然被告乙川が原告の前に回り込んで両肩を押さえつけてソファーに押し倒した。被告乙川は、ソファーに倒れ込んだ原告の上に乗りかかり、顔を近づけ、とっさに顔を覆った原告の左手甲にキスをした。

(四) 原告は、被告乙川を避けようと瀬本と菊池の間に席を移し、しばらく歓談していたところ、一曲歌い終わった被告乙川が突然原告の額にキスをし、隣に座っていた菊池に席を替わるように申し向け、原告の右隣に着席した。

被告乙川は、席を移動する最中によろけて尻もちをつくような格好になった坂本のスカートをめくろうとしたので、原告が被告乙川の手を遮ったところ、被告乙川は、今度は原告のスカートをめくろうと手をスカートにかけたが、原告がとっさに裾を押さえたのでめくられることはなかった。

(五) 原告が体を斜めにして被告乙川に背を向け、反対側に設置されていたモニターを見つめたところ、被告乙川は、「何で逃げるの。」と言いながら原告の服の裾を引っ張り、原告に無視されると、「そんなんやったらこの会社でやっていかれへんで。」と言った。さらに、被告乙川は、原告が鳥山に仕事が少ないと相談した件を持ちだし、「まじめすぎんねん。何でもまじめに考えるから、荷物が少ないとか余計なことを言ってしまうねん。」等と仕事の話を始めたため、原告は、やむを得ずその話を聞いていた。

(六) 被告乙川は、坂本が右斜め前に歩いてきたとき、突然同人の胸元に手を伸ばし、ワンピースのボタンを一つ外したが、坂本は自分からワンピースの胸元を広げて「下にTシャツ着てるもん。」とおどけていた。被告乙川は、今度は原告の胸元に手を伸ばし、ブラウスのボタンを外したので、原告は、胸元を手で押さえて席を立った。

(七) 原告は、いったんトイレに行き、部屋に戻って被告乙川の反対側に座っていた漢那に帰宅する旨伝えたが、漢那の隣に座っていた塩谷に話しかけられてタイミングを失い、腰掛けてしばらくその話を聞いていたところ、被告乙川が、テーブル越しに、原告に対し、原告が鳥山に対して被告会社のドライバーが荷物の送状を勝手に貼り替えていると話したことに関し、「勝手に送状を替えているとか文句言ったらしいけど、そんなきれいごと言ってられへんねん。食うか食われるかや。」などと話しかけた。

(八) 原告は、被告乙川の話に業務に関連する部分があったので黙って聞いていたところ、被告乙川は、「今日のこと旦那に言って旦那が大阪支店に電話したりなどせんようにしてや。」などと申し向けた。被告乙川は、しばらくして帰り支度を始めた原告の右隣に寄って来て、「もっと軽く考えないとこの会社ではやっていかれへんで。」「この会社は上に行った者勝ちやねん。」などと言い、これが原告に無視されると、「今から家に帰って旦那とやるんやろ。」「激しいセックスしたらあかんで。」などと卑わいな発言を続け、原告から「何言っているんですか。」といい返されると、いきなり左手を原告の肩に回して抱き寄せようとし、体をねじって逃れようとした原告の右肩を押して左隣の塩谷に押しつけ、「見て見て。俺がこうしたら嫌がるのに、塩谷やったら嫌がらへんねん。」と大声で叫んだ。原告は、抗議の意思を示すためにテーブルをひっくり返そうとしたが持ちあがらなかったのであきらめ、稲崎、菊池に助けを求めたが、二人とも苦笑いしただけであった。

(九) 被告乙川は、新堂の左横に逃れてソファーに腰掛けた原告の背後から、脇の下を通して原告の胸を掴んだので、原告は、被告乙川の手を引き離そうとして床にしゃがみ込んだ。被告乙川は、ソファーに座り直し、右側に座った原告の背中に右手を回し、着ていたジャケットをめくろうとし、原告から「下にブラウスを着ているから大丈夫です。」と言われると、原告の着ていたブラウスを引っ張ってめくろうとした。

(一〇) 原告は、被告乙川に対し「いい加減にしてください。」と言い、被告乙川の膝を強く叩いたところ、被告乙川はソファーの反対側に席を移動し、辻に対し、原告の隣に座るように命じ、辻はその命令どおり原告の右隣に座った。原告が、「帰ります。」と大声で叫ぶと、被告乙川は、辻に対し、「絶対に返すな。返したらお前明日からどうなるか分かっているな。」と恫喝した。原告が辻に「びびらないでください。」と訴えるど、辻は、被告乙川に対し、「トイレに行っている間にこの子が帰ったら僕知りません。」と言って席を立ったので、原告は辻と一緒に部屋から出ることができ、そのまま帰宅した。

2  なお、乙第五ないし第七(鈴木、坂本、漢那の各陳述書)、乙第一六(大西、坂本、漢那の平成九年一〇月八日付け報告書)及び第一七号証(本件飲み会に参加した従業員の平成九年一〇月二九日付け報告書)、証人鈴木の供述には、原告が主張するような被告乙川のわいせつ行為はなかった旨の記載や供述があるが、それぞれの記載や供述には、原告が被告乙川に抱きつかれていたこと、被告乙川が坂本のブラウスの胸のボタンを外したり、スカートをめくろうとしたこと、鈴木に対して原告を帰すなと告げたことなど、前記認定事実の存在を記述する原告の陳述書及び原告本人の供述と部分的に一致する部分も多く、前述の被告乙川の行為が、本件飲み会の多人数が入れ替わり立ち替わりステージで歌い、飲食して、ふざけたり、騒いだりする喧噪の中のできごとであって、それぞれが原告や被告乙川に関心を持って一部始終を見ていたわけではなく、重大なことがなされていたという認識はなく、単にふざけていると誤解した者があっても不思議はないうえ、被告乙川の言動を目撃した者も、被告会社から事情聴取を受ければ、自己の参加した飲み会でわいせつ行為ないし性的いやがらせがあったとは言い難いであろうし、そこに保身の心情が働くことも十分に考えられるところであって、これらからすれば、右各書証の記載及び証人鈴木の供述中、前記認定に反する部分は採用できないというべきである。

また、被告乙川本人も、わいせつ行為を否定する供述をするが、その供述は不自然な部分も多く、原告本人の供述に照らし採用することはできない。

3  以上によれば、被告乙川が二次会において原告に対してなした一連の行為は性的いやがらせということができ、原告に対する不法行為に該当するというべきである。原告がわいせつ行為という趣旨は、右性的いやがらせを含んで主張するものと解される。

二  争点2について

1 前記認定のとおり、被告乙川は、ドライバーとオフィスコミュニケーターとの懇親を図るために本件飲み会を企画し、大西を通じて原告に誘いかけ、原告が一次会で帰宅しようとすると「カラオケに行こう。」と二次会に誘い、嫌がる原告に対し仕事の話に絡ませながら性的いやがらせを繰り返したのであるから、右性的いやがらせは、職務に関連させて上司たる地位を利用して行ったもの、すなわち、事業の執行につきされたものであると認められる。

2  この点、被告会社は、原告が既に平成九年九月二五日に営業二課南本町班から営業一課伊藤忠BSC班に配置転換され、被告乙川は原告の上司ではなくなったのであるし、被告会社は男性ドライバーとオフィスコミュニケーターとの私的な飲み会を禁止し、現に被告乙川から本件飲み会が開始される時点で被告会社には内緒にしておくようにと発言されていたので、本件飲み会が被告会社の事業の執行と関係がないことは明らかであり、被告会社は責を負わないと主張する。

しかしながら、証人野瀬の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、野瀬は、原告にとってオフィスコミュニケーターとしての仕事が体力的にきついため、平成九年九月二五日、伊藤忠ビルの地下の一室での事務作業に従事させたこと、その際に原告に配置転換する旨の辞令を交付したわけでも、オフィスコミュニケーターの制服を回収したわけでもなく、同年九月二七日に開催した被告会社主催の第一期オフィスコミュニケーター歓迎会にも招待したことが認められ、これらの事実に照らせば、伊藤忠ビルの地下での業務は原告の体力が回復するまで一時的に命じたものにすぎず、被告乙川と原告との上下関係を完全に切断するものとは言い難い。また、乙第八号証、丙第一号証、証人野瀬、同鈴木の各証言、被告乙川本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は、男性ドライバーとオフィスコミュニケーターとの私的な飲み会をしないよう通知していたと認められるが、単に口頭で右通知を繰り返したにとどまるもので、現に一二名もの従業員が本件飲み会に参加したことに照らせば、被告会社の右通知は従業員にはさほどの重みを持って受け止められていなかったものと認められる。

してみれば、単に被告会社の通知に反して飲み会が開催されたというだけで、右飲み会において行われた被告乙川の行為が被告会社の業務執行性を失うと解すべきではない。

三  争点3について

1  原告は、平成九年一〇月七日以降被告会社に出勤しないのは、和彦が本件飲み会でわいせつ行為があったと苦情を申し立てるや、野瀬が、これからどのように職場環境を改善していくかという具体的な話をすることなく、金銭的な問題にすり替え、ひいては原告を退職させようとしたからであると供述する。

2  原告が主張するところの被告会社の採るべき職場改善策の具体的内容は、必ずしも明らかではないが、被告会社において女性に対するわいせつ行為ないし性的いやがらせが頻発していたことを認めるに足りる証拠はなく、被告乙川が本件飲み会の他にわいせつ行為ないし性的いやがらせを行っていたと認めるに足りる証拠もないから、被告会社が一般的な職場改善策を採るべきであったとは直ちにはいえない。そして、証人野瀬の証言及び被告乙川本人尋問の結果によれば、被告会社は、被告乙川に対し、懲戒処分こそ行っていないものの、本件飲み会を開催したことを理由として賃金の減額を伴う降格処分を行っていることが認められる。

また、乙第一二号証、証人野瀬の証言、原告、被告乙川各本人尋問の結果によれば、原告の職場である伊藤忠ビル所在の被告会社事務所は、地下ではあるが十分な照明が存在し、原告の他にも複数の女性従業員が勤務していたこと、被告乙川が職務に関して右事務所を訪れることはないことが認められる。

3  そうすると、前記認定のとおり、原告は被告乙川から職務に関連して性的いやがらせを受け、その結果人格権及び性的自由を害されたものであって、被告会社への出勤が困難であるとするその心情は理解することができるものの、原告が伊藤忠ビル所在の被告会社事務所に出勤したとしても被告乙川と顔を合わせる現実的危険性は乏しく、原告が再度性的いやがらせの被害に遭う可能性があったとは認められないこと、被告会社が一般的な職場改善策を採るべきであるとまではいえないことを考慮すると、原告が平成九年一〇月七日以降出勤しないことが被告会社の責に帰すべき事由によるものであるとはいえないというべきである。

四  損害額

前記認定のとおり、被告乙川は、原告に対し、被告会社の事業の執行について性的いやがらせを行ったと認められるのであるから、被告乙川は民法七〇九条に基づき、被告会社は民法七一五条に基づき、右性的いやがらせによって原告が被った損害を賠償する義務を負うところ、その賠償額は、以下の12のとおり、合計一一〇万円が相当である。

1  慰謝料

前記認定に係る諸事情、特に、原告は、被告会社に雇用されて約一か月しか経過していないのに、その上司たる被告乙川に仕事の話に絡められながら性的いやがらせを受け、そのことにより人格権及び性的自由に対する重大な侵害を受けたこと等の諸般の事情を考慮すると、原告が被告乙川の不法行為によって被った精神的苦痛を慰謝するには一〇〇万円をもって相当とする。

2  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、被告らが任意に右損害金を支払わないのでその損害賠償請求をするため、原告代理人らに対し、本件訴えの提起及びその追行を委任したことを認めることができ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額に照らせば、弁護士費用として被告らに求めうる額は一〇万円とするのが相当である。

五  結語

以上によれば、原告の請求は、被告らに対し、性的いやがらせの慰謝料及び弁護士費用として一一〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成九年一〇月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余は理由がないのでいずれも失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松本哲泓 裁判官谷口安史 裁判官森鍵一)

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